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広島地方裁判所尾道支部 平成3年(ワ)193号 判決

原告

日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

児島仁

右代理人支配人

塩田徳彦

右訴訟代理人弁護士

片山邦宏

被告

原義惠

右訴訟代理人弁護士

井上正信

主文

一  被告は、原告に対し金四万一八一一円及び(1)内金一万三八七四円につき平成三年三月一日から、(2)内金一万八三一八円につき同年四月二日から、(3)内金七五三九円につき同年五月一日から、(4)内金二〇八〇円につき同年六月一日から右各完済の日の前日に至るまで年14.5パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金一四万二八九一円及び、(1)内金九万五三九九円につき平成三年三月一日から、(2)内金三万七八七三円につき同年四月二日から、(3)内金七五三九円につき同年五月一日から、(4)内金二〇八〇円につき同年六月一日から右各完済の日の前日に至るまで年14.5パーセントの割合による金員を支払え。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告の被承継人である日本電信電話公社(以下「公社」)は、訴外原郷志との間で、昭和五四年五月八日に、当時施行されていた公衆電気通信法・加入電話等利用規程を内容とする加入電話契約を締結し、その電話番号は三原局六二―五八一九番であった。

そして、被告は、昭和五五年九月二日に、公社の承認を受けて、訴外原郷志から右電話加入権の譲渡を受け、その権利・義務の一切を承継した。

公社は、日本電信電話株式会社法の施行にともない、昭和六〇年四月一日に解散するとともに、原告は同時にその一切の権利及び義務を承継した。

2  そして、電気通信事業法三一条の規定に基づき、同日、電話サービス契約約款(以下「約款」)が施行され、締結していた加入電話契約は、約款の規定により締結した「加入電話に係る契約」とみなされることになった。

右加入電話契約の内容は、次のとおりであった。

① 電話料金は、基本料金と通話料等とからなり、合算して毎月末日(当該日が原告の非営業日の場合は、その次の営業日)までに支払う。

② 基本料金は、暦月計算により、毎月当月分を支払うものとし、通話料は、毎月末日に締切り、それまでの一月分を計算し、原告の請求により、翌月の支払期日までに支払う。

③ 電話料金その他の債務(保証金及び延滞利息を除く)について、支払期日を過ぎても、なお支払がない場合は、支払期日の翌日から支払の日の前日までの日数について、年14.5パーセントの割合で計算して得た額を延滞利息として支払う。

3  原告は、別表(一)、(二)に記載したとおり、電話サービスの役務を提供した。そして、原告は被告に対し、同表に記載した各電話料金を請求したが、被告はその支払をしない。

よって、原告は被告に対し、電話料金の合計金一四万二八九一円、及びこれ(延滞利息を除く)に対する各支払期日の翌日から完済の日の前日に至るまで、年14.5パーセントの割合により計算して得た額の延滞利息の支払を求める。(なお、右請求にかかる有料情報サービス(ダイヤルQ2)による通話料については、情報料と通話料とに計算上分けると、その最大値と最小値は別表(三)のようになるところ、被告に有利な通話料の最小値を用いた。)

4  なお、有料情報サービスの通話料請求の根拠については、以下のとおりである。

(一) 通話料は、原告と加入電話契約者(以下「加入者」)との間の加入電話契約に基づき、原告の所有する電話網を一定時間利用したことにより発生する一種の施設使用料である。この施設使用料は、電話網がどのように利用されても、必ず発生するものである。それは、通信の内容や目的とは全く無関係のものである。

他方、情報料は、情報提供者と利用者との間における情報提供利用契約に基づき、情報提供者より情報を購入したことにより発生する対価である。

その際、原告は、約款一六二条、一六三条により情報料の回収代行業務を行っているものである。

このように、通話料と情報料とは、各々別個の契約に基づき発生するばかりでなく、契約の当事者や契約により提供されるサービスの内容も異にしている。

したがって、仮りに有料情報サービスの情報料の請求が許されないとしても、右利用に伴なう通話料の請求が許されないとする理由は存しない。

(二) そして、通話料については、約款一一八条により、加入者以外の者が通話を行った場合でも、加入者回線の加入者が支払義務を負うことが規程されている。本件電話の加入者は被告であるから、仮りに被告が主張するように、被告の未成年の子が本件電話により有料情報サービスを利用したとしても、それにかかる通話料(それに伴う消費税相当額を含む)については、約款一一八条により、被告が支払義務を負うものである。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1及び2は認める。

2  同3のうち、有料情報サービスの提供を受けたのは被告の未成年の子であり、これによる通話料と通話料に対する消費税分の支払義務については争う。

3  同4の(一)については争う。

情報料と有料情報サービス利用の通話料とは事実上も法律上も区別はできず、情報料につき法律上の支払義務のない本件では、右サービス利用による通話料も一体として支払義務が存しない。

4  同4の(二)のうち、約款一一八条に、加入者以外の者が通話を行った場合でも、加入者回線の加入者が通話料の支払義務を負うとの規定があることは認めるが、有料情報サービス利用の通話料支払義務については争う。右通話料は約款一一八条の通話料には該当しないものというべきである。

そもそも、約款一一八条は、電話機を媒体として情報を伝達する電気電信の公共性、簡便性、迅速性に照らし、通話料の徴収対象者を一義的に確定することにより徴収事務に要する経費を最小限に押え、低廉な料金で役務を提供することが求められ、この趣旨に沿うものとして郵政大臣の認可を受けて同条が設けられているものである。

ところが、有料情報サービスの中には、内容自体に公共性の一かけらもないようなものも存在しており(本件利用もこれに該当)、有料情報サービスに関する約款一六二条、一六三条も、直接郵政大臣の認可を受けた関係にはなく、有料情報サービスは、単に情報提供者と原告の共同の営利事業として、電話回線を利用しているに過ぎず、法律上も事実上も情報料と有料情報サービスによる通話料とは区別できない。現に原告は、本件において両料金の内訳を特定明示して請求している訳ではないので(別表(三)により計算上の最小値により請求)、約款一一八条を根拠に有料情報サービスによる通話料の請求はできない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一被告は、原告の電話料金の請求について、有料情報サービス利用による通話料(情報料については、原告において請求放棄済み)及びこれに対する消費税分につき支払義務はないと争っている。そして、請求の原因1及び2の事実は、当事者間に争いがなく、更に同4の(二)のうち、約款一一八条に、加入者以外の者が通話を行った場合でも、加入者回線の加入者が通話料の支払義務を負うと規定されていることは、当事者間に争いがない。なお、請求の原因3のうち、被告は、有料情報サービス(ダイヤルQ2)による通話料とこれに対する消費税分につき争うものの、その余の電話料金明細等(別表(一)、(二))については、明らかに争わないから、これらについては自白したものとみなす。

そして、被告本人尋問及び〈書証番号略〉、弁論の全趣旨を総合すると、本件において、被告加入の電話により利用された情報サービスによる情報は、被告の未成年の子の譲二(当時中学三年)において、平成三年一月二日から利用されたもので、多いときには一日数十回、時間も数十分から時には一時間を超える利用がなされたこと、これらの情報提供者は、特定できないものの、漫画週刊誌、スポーツ新聞等に悩ましい広告を出している業者も多く、子の譲二も、これら広告に記載のあるパーティライン、ツーショットなどの情報料の高額なものを利用した可能性が高いこと、同人は同年二月一日に高校入試を受け、同日の夕方家を出て、そのまま二月八日に被告の夫に連れ帰られるまで、一週間の家出をしたこと、このため、情報料を含めた被告加入電話のダイヤル通話料は、平成三年一月二九日四万一一一〇円、一月三〇日三万一八七〇円、一月三一日二万三六八〇円、二月一日九七七〇円、二月二日三六二〇円、二月三日二三〇円と、二月一日を境に激減していること、以上の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

結局のところ、本件における争点は、加入者たる被告が、未成年者の子が利用した有料情報サービスの通話料について、約款一一八条に基づき一般通話料と同様に支払義務を負うかの法律問題に帰する。

二ところで、被告本人尋問によれば、被告及びその夫は、本件の問題が起きるまで有料情報サービスというもの、「いわゆるQ2」というものの存在自体を知らなかったし、子の譲二がこれを利用していたことも全く知らなかったこと、それまでの被告の加入電話の電話料金は、一カ月一万円未満で、たまに一万円を超す程度のものであったこと(原告の集計によると、過去六カ月の一般通話料は四万三〇七〇円)が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

そもそも、有料情報サービスが、平成元年七月一〇日追加施行された電話サービス契約約款一六二条、一六三条により、新たに原告によりなされるに至ったこと、この有料情報サービスに関する右約款は、有料情報サービスが原告の本来の電気通信事業でなく、単なる付帯事業であるため、電気通信事業法に基づく郵政大臣の認可の対象となっていないことは、当事者間に争いがない。

そして、原告において開始された有料情報サービスの実態に則してみると、情報サービスの提供を受けるに際しては、加入者の側から原告に対して有料情報サービスの提供の申込みをしたうえで、それから情報の提供を受けるシステムになっておらず、原告における前記日時における有料情報サービスの開始と共に、有料情報サービスの存在を知らない者、これを利用しようと思っていない者をも含めた全電話加入者が、情報提供者からの有料情報サービスの提供対象者とされ、約款一六二条、一六三条による原告の回収代行業務を通じて、情報料が原告から一般通話料と共に請求されることになっているのである。してみると、原告による有料情報サービスの開始は、有料情報サービスの存在すら知らない者も、一方的に情報サービスを押売りされる危険性を孕んだものなのである。

このように約款一六二条、一六三条が郵政大臣の認可の対象となっておらず、しかも、有料情報サービスの存在すら知らない加入者までも、このサービスの対象者とされ、これに伴う各種のトラブルに巻き込まれる虞れがある以上、単にサービスの提供につき公益的要請があるのみならず、その一方で、加入者が有料情報サービスの開始に伴って晒される危険を除去し、これにより受ける不利益を防御する十分な手だてが用意されていなければならない。

原告は、約款一六二条、一六三条については、電気通信事業法三二条二項に基づき全国の営業所等において店頭に掲示するとともに、平成元年六月六日付日本経済新聞における報道発表を皮切りに、再三報道発表を行って一般の周知に努めてきたと主張するが、このような危険を孕んだサービスを始めるに十分な広報、周知の手段が取られてきたとはいえないことは、各地で有料情報サービス(Q2)を巡るトラブルが起きていることからも、明らかであろう。問題は、加入者の子が有料情報サービスを利用したりした場合に、今までの通話料の数十倍という情報料を含めた電話料金の請求がされることがあると、具体的に警告を発したかである。また、情報提供という名に値しないものが、情報という形式をとって情報サービスに紛れ込み、情報料のランクを高くし、提供通話時間を引き伸し、加入者から高額な情報料を取り立てることを防止するための有効な手段を講じたかである。本件訴訟の経過を通じて知り得た範囲では、これらについては、遺憾ながら否といわなければならない。

本件担当裁判官自身、本件訴訟までQ2という言葉自体を知らず(これは無知ではない。被告のみならず、これが通常の生活をしている者の実際である)、まして、その語源、料金設定、料金徴収システムなどは全く知らなかった(ツーショット番組、パーティーラインなどについては、未だ詳細は知らない)。このことは、原告のいう報道発表なるものが、如何に手前勝手で、真に加入者の利益保護のためになされたものでないかの証左である。

そして、約款一一八条の拘束力が是認される理由は、一般通話を前提とした場合における電話の社会生活における不可欠性から、通話料の徴収対象者を一義的に確定し、徴収事務に要する経費を最小限に押えることにあり、このようにして低廉な料金を維持することで、終局的には、加入者の負担を軽減し、電話の普及及び維持という公共性に答えている点にある。しかるに、有料情報サービスは、前記のように原告の本来の電気通信事業でなく、単なる付帯事業であるに過ぎず、約款一六二条、一六三条の情報料回収代行サービスと結び付いた一般通話と異なる電話回線の新たな利用形態であり、有料情報サービスの利用が、通信のための電話回線の利用を伴うからといって、必然的に一般通話料と同一に考えなければならないことにはならない。

そして、〈書証番号略〉によれば、有料情報サービスにおいては、公共性に欠ける内容のものを、情報という形をとって提供し、情報料をせしめようとする者、情報料のランクを高く設定し、情報の提供時間を殊更長くすることで、情報料の金額を増大させようとする者等、悪質な山師的情報提供業者が参入していたことが認められ、本件訴訟の例からしても、加入者の電話料金の負担が軽くなるというより、加入者が有料情報サービスの情報料及び通話料の増加という形で、いたずらに支払を負わされ、負担が重くなる方向に作用していることが認められる。そもそも、これら悪質業者の場合には、情報利用者に直接請求した場合には、相手方からその提供の情報内容や代金額から支払を拒否されるべき請求が、原告という第三者を通じて回収を図ることにより、事を荒立てることを欲しない加入者から一般通話料と共に回収が可能となってしまったものであり、このように不承不承泣寝入りにより支払われた表に出ない有料情報サービスによる情報料及び通話料の存在を考えると、約款一一八条が、一般通話において通話料の徴収対象者を一義的に定めた当初の趣旨を逸脱し、加入者の負担を逆に増加せしめる結果になってしまっているのが現実である。

そして、本件についてみると、被告は、原告が約款一六二条、一六三条による有料情報サービスを開始する前からの電話加入契約者であり、有料情報サービスの存在すら知らなかったもので、有料情報サービスを全く知らず、自らこれを利用した経験もない者が、その子に有料情報サービスの利用を禁止、制限することは、不可能であり、被告がこれを知らなかったことは、前記のように一般人としてやむを得ないところであって、これを非難すべき積極的事情も見いだせないことからすると、被告の了解なく子の譲二が利用した有料情報サービスについては、約款一一八条の適用はなく、被告は、右有料情報サービスによる通話料を負担しないものというべきである。

三よって、原告の請求は、有料情報サービス利用にかかる通話料及びその消費税相当額を求める部分については、理由がないから棄却し、その余の電話料金の請求については理由があるから認容すべきである。なお、訴訟費用については民事訴訟法九二条但書を、仮執行宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官平澤雄二)

別表(一)ないし(三)〈省略〉

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